忠兵衛ぐでんぐでん日記

高知の歴史好きが作ったプチ武将列伝&ざっくばらんな話集です。

長宗我部右近大夫

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〇 【長宗我部 右近大夫】(ちょうそかべ うこんだいふ)

〇  1583~1615

右近大夫は土佐国長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか)」の5男として生まれました。
母は側室でした。
1600年、関ケ原の戦いで兄「盛親(もりちか)」が土佐国を改易されてしまうと、肥後国の「加藤清正(かとう きよまさ)」に仕えました。
1615年には、大坂の陣が勃発し、盛親が豊臣家に与して徳川家に弓を引いた事から、盛親が斬首される際に切腹の命を受けてしまいました。
右近大夫は切腹の仕方を知らなかったので、家来であった「小宮崎久兵衛(こみやざき きゅうべえ)」が先に手本を見せて、右近大夫は「あいわかった」と笑いながら潔く切腹しました。享年32歳。

 

〇長宗我部右近大夫をかんがえる
母である「小少将(こしょうしょう)」は「細川真之(ほそかわ さねゆき)」の母親でもあり、右近大夫からすると真之は異母兄にあたりますが、年代の矛盾から別人との見方が強いです。

ある意味右近大夫は「とばっちり」ですよね。兄貴が勝手なことしてくれたおかげで切腹を言われるなんてこんな理不尽な話も無いかとおもいますが、これを潔く受け入れて実行するあたり、現代人と価値観がちがうんでしょうね・・・