忠兵衛ぐでんぐでん日記

高知の歴史好きが作ったプチ武将列伝&ざっくばらんな話集等です。

吉田重親

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〇 【吉田 重親】(よしだ しげちか)

〇 生年不詳~1615

重親は長宗我部家臣「吉田 貞重(よしだ さだしげ)」の長男として生まれました。
お爺ちゃんは「吉田 考頼(よしだ たかより)」です。
1600年、関ケ原の戦いにて長宗我部家が改易されると、そのまま浪人となりました。
その後讃岐国高松藩生駒家に士官しますが1614年、大坂の陣が勃発すると重親は「長宗我部 盛親(ちょうそかべ もりちか)」
の下へ参陣し、共に再起をかけて徳川と戦う道を選びました。
1615年、八尾・若江の戦いにおいては、先陣として出陣するが、次第に劣勢となり最後は討死してしまいました。

 

〇吉田重親をかんがえる。
大坂の陣で、盛親が挙兵したと耳にした重親の心中はいかばかりだったでしょうか。
士官先の生駒家を出奔して盛親に従った選択をする辺り、忠誠心なのか功名心なのか計り知れない所もあります。
重親自身、長宗我部家の改易に不満があった点も大いに推測できます。
八尾にある高塚地蔵(八尾市泉町1丁目)のお堂から槍を持って飛び出し、「藤堂 家信(とうどう いえのぶ)」に襲い掛かりましたが、逆に返り討ちされてしまったという伝承が残っています。